距離感3

あれから、結局りいだあと距離を置くことになった。

部屋にいるときも、二振りきりにならないように、わざわざ時間ずらしたり、松井さんや、桑名さんがいる時だけ側にいたりと、結果的にりいだあを避けるような行動をしてしまっていた。

最初は気にもされなかったが、そのうち松井さんには、避けていることを感づかれる結果となった。

そのたびに色々と突っ込まれそうになったのを、上手く回避した。

そのうち何か言われるだろうかもしれないと思ったが、松井さんも気をきかせてくれたのか、何も言わなかった。

今日は、桑名さんとりいだあは遠征に行ったと聞いていた。

 

私は、久しぶりの非番だったのでれっすんに打ち込もうと思い庭で準備運動を始めた。

れっすんしている間だけは、この気持ちも忘れることが出来る。

だから、無我夢中で新しい振付の練習をした。

曲に合わせて何度も練習していると、松井さんが声をかけてきた。

「篭手切、頑張っているね」

「松井さんも一緒にれっすんしましょう」

「いいよ、やろう」

「ありがとうございます、うっ…」

「鼻血がでそうかい?僕が受け止めてあげるよ」

「いえ、大丈夫です」

いつものお決まりのやり取りをしているうちに自然と笑ってしまっていた。

二振りでれっすんをしている時間は、本当に有意義に感じた。

私は、やっぱりれっすんが好きで、もっと大きな舞台に立ちたいという気持ちがドンドン湧き出てきた。

だから、この気持ちにキチンと整理しないといけないと思った。

りいだあへの思いは一切断ち切るためには、もっともっと上を目指して歌って踊れる付喪神になること。

溜息をついていたみたいだ。

「篭手切、どうした?」

松井さんが心配して声をかけてくれた。

「なんでも、ありません」

「君もなのか?」

「きみも?」

「ああ、この前豊前も溜息をついていた、豊前にしてはらしくないくらい落ち込んでいたようだった」

「りいだあ…が?」

この時はなぜりいだあが、悩んでいるのか全くも想像がつかなかった。

あれだけキラキラした人が、溜息をつくことなんてあるのだろうか。

「それに、豊前は『おれと篭手切の問題』って言ってたな」

私と、りいだあとの問題?一体なんのことか全く想像ができない。

「豊前と何かあったのか?」

松井さんは一体どこまで知っているのだろうと不思議に思ったが、りいだあが誰かに言うとも思わなかった。

きっと松井さんは何も知らない。

なら、このまま二振りだけの秘密にしたかった。

「なんでもないです」

「なんでもないっていう顔には見えないが…言いたくないのなら無理に言わなくてもいい」

きっと松井さんなりに気にかけてくれているのだと思ったら、何故か目頭が熱くなってくる。

一振りで、ずっと悩んでいて、誰にも相談なんてできない。

私たちは、主に選ばれた大事な刀だから。

個人的に一振りに対して、こんな感情を持ってはいけないのだと自分に言い聞かせていた。

でも、それが限界になっていることくらい自覚はしていた。

だから、この気持ちを押し殺して、忘れることが的確だと思っていた。

「松井さんにはわかってしまうんですね」

松井さんは何も言わずに、私のそばにいてくれた。

 

「私、りいだあをお慕いしています」

言葉にした瞬間、何かが吹っ切れたように、頬を涙が流れ始めた。

きっとこの気持ちを自覚した時から、ずっと言いたかったのだと感じた。

松井さんは懐から手拭いをそっと差し出してくれた。

その心遣いに、さらに気持ちがあふれ出て涙が抑えきれなくなっていた。

結局、それ以上話すことができないまま、松井さんは呼ばれて行ってしまった。

一振りになり、落ち着くまで縁側で過ごしていると、誰かが近くにくる気配がして、こんな姿を見せるわけにはいかないと、気を引き締める。

 

「篭手切」

名前を呼ばれて、その声色に驚く。

目の前にはりいだあが立っていたのだ。

「りい…だあ…」

「なんで、泣いていた?話してくれんの?」

私が泣いていることを知っているということは見られていたのだと思った。

もしかして、私が松井さんに話していることも聞かれたのではないかと思い、背筋が凍るような感覚に陥った。

こんな状況で、ごまかすことも、言い訳もできないと悟った。

「ごめん…なさい…」

「なんで、謝るんちゃ…俺、なんか嫌がることした?」

「りいだあは悪くないです、私が…」

あなたに恋をしたから悪いのですと言いそうになったのをグッと抑え込む。

もうそうすることが癖になっていたのかもしれない。

自分の気持ちを押し殺して、抑え込むこと。

でも、今はもう逃げられない、白状しないときっとこのまま殺されるかもしれないと思った。

だから、意を決して言葉にする。

 

「あなたを好きになったから…」

 

そういった後、どんな顔していいかわからなくて、ずっと俯いていると、りいだあの手が頭を撫でてくれたのがわかった。

「そうか、おれも篭手切のこと好きちゃよ」

「違います、私の好きとりいだあの好きは…」

「違わない、同じ好きだ…」

「えっ?」

その言葉に思わず、顔を上げてしまった。

「好きになる気持ちに違いなんてないと思うけどな…」

そこには、いつものりいだあで、嘘偽りもない笑顔がまっすぐに向けられた。

「お前の言う推しとか全然わかんねーけど、俺は篭手切の真っ直ぐな気持ちはちゃんと届いてってからさ」

ニカッとわらった顔も、キラキラしていて、本当にカッコいいと思った。

やっぱり、この刀にはかなわないと思った。

 

「篭手切、お前が俺のこと好きだって言ってくれて嬉しかった」

「…えっ…」

「ずっと避けられてたから、俺お前に嫌われたんだとずっとおもっちょった」

隣に座ってきて、私のほうを見ずに空に向かって話し始めた。

「嫌いになるわけないです、りいだあはカッコよくて、私の憧れです」

「篭手切から嫌われてたんじゃないってわかって安心した」

今度は私のほうを向き、満面の笑顔でニカっと笑う。

りいだあの服は少し埃がついており、所々傷のようなものも見えていた。

遠征から帰ったばかりで、疲れているだろうに、わざわざ私を一番に探してきてくれたのだ。

「…ごめんなさい」

謝ってばかりの私に、りいだあは、再度頭をポンポンとしてくれた。

「なんで、あやまんの?」

「すみません、謝るのが癖になっているみたいで…」

ほら、またと言いたそうな顔で眉根を下げて笑っていた。

 

「篭手切、これからどうしてほしい?」

どうしてほしいと聞かれても、あなたの恋刀になりたいとは言えず、唸っていると手を引かれて、いつの間にかりいだあの腕の中にいた。

「…!!!!」

状況が把握できなくて、声にならない声をあげる。

 

「おれの膝枕、篭手切専用にしようか?」

 

この後の記憶があまり思い出せないでいる。

今は、りいだあの私への気持ちは私とは違うと思う。

でも、いつかそれが一緒になる日がくればいいなと願っている。

私は、あなたに恋焦がれています。

あなたといつか両想いになれたら、二人きりで遠くに連れ行ってください。

あなたと一緒にみたい景色がいっぱいあるから。

 

後々聞いた話では、桑名さんに相談したいたというのがわかった。

それで、桑名さんに

「篭手切の手を引いて抱きしめた後に、こういえばいいよ」

ってそう言えと言われたらしい。

りいだあが、そんなことをするとは思わなかったから、納得した篭手切だったのだ。