「篭手切、こっちちゃ」
りいだぁに名前を呼ばれると同時に、後ろから抱きつかれる。
こういうことをされるたびに私の心臓は飛び跳ねそうになる。
「り、りいだぁ…」
「今日はれっすんするんだろう?」
「…はいっ…そうです」
「もう、みんな待っちょうぜ」
「すみません、急いでいこうと思っていたところでした」
平然と会話をしているつもりでいるが、内心は心臓がバクバクだ。
私にとってりいだぁは憧れの存在であり推しでもあるのだ。
推しとの距離感はある程度離れていたいと思うのは私だけで、りいだぁはそんなこと気にもせずに、いつもこれだけ近くにきてはスキンシップをされるのだ。
毎回、続くと私の身が持たない。
りいだぁの何気ない行動だったり、言葉にいつも緊張して仕方なかった。
心臓が早く波打つ音を聞かれないかといつも不安で、まともに顔もみることもできないでいた。
初めて会った頃から、りいだぁは誰とでも距離が近かった。
それは、意識しているわけではなく無意識だということ。
それを気づいたのは、そんなに時間がかからなかった。
この人にとっては、これが普通だということ。
りいだぁを意識始めたのは、きっと出会ったころからなのだろうと思う。
キラキラして、何事にも真っすぐで、すべてにおいてカッコいいと思うたびに、胸の奥がドキリと音を鳴らせていた。
自分にとっての推しという位置づけについたのは、一緒にれっすんをするようになってからだ。
「りいだぁ、一緒にすていじのれっすんしましょう」
「よくわかんねーけど、いいよ、やろう」
歌って、踊れる付喪神になりたいと言い続けていて、同じ江のメンバーとして一緒にいることが増えて、私の提案にも嫌な顔せずに受け入れてくれた懐の大きさや、れっすんしているりいだぁの姿に、ドンドン惹かれていった。
きっと、こういう人がすていじに立っていくのだろうなと応援したい気持ちになった。
最初は、側にいるだけで十分だと思っていた。
だけど、一緒にいる時間が増えて、松井さんや桑名さんも加わり、りいだぁが他の刀たちと話している姿に嫉妬するようになっていた。
りいだぁを独り占めしたいという、ドス黒い感情が出てきたのだ。
私など、りいだぁの側にいたらダメだと、離れなきゃいけないと感じた。
距離が近すぎることで特別だと感じてしまったこと、私がりいだぁに恋心を持ってしまったことを隠し通さなきゃいけないと思った。
脇差の私など、立派な打刀のりいだぁにはふさわしくない。
芽生え始めた恋心を無理やり押しつぶして、平常心でいることを心掛けた。
なるべく一緒に行動することを避けて、他の脇差たちと出掛けたりすることを意識した。
「今日は、保護者はいなくていいのか?」
保護者とは、きっとりいだぁのことだと察した。
本丸に来た時から、つねに一緒にいることが多かったし、なぜかりいだぁは私に対して過保護に接しているとみんなに噂されているからだ。
「保護者じゃないから、それにりいだぁは今日は松井さんと馬当番で忙しいから…」
そういった後に、なぜか胸の奥がズキリと痛んだ。
もし、松井さんや、桑名さんが私と同じ気持ちがあったらと勝手に想像しては、一振りで傷つくことを繰り返していた。
ブンブンと顔を横に振り、そんなことないと自分に言い聞かせる。
でも、こうしている間に、りいだぁが他の誰かのことを好きになったらと考えたら気が気ではなかった。
伝えてしまえばきっと楽にはなるけど、好きになってもらえる自身もないし、私にはそんな資格もないのだ。
本丸に帰り、自分の部屋へ向かうと薄暗く気配も感じられない。
りいだぁと松井さんはまだ帰ってないのかなと、安心した気持ちと不安な気持ちが交差していた。
桑名さんは遠征で夜中では帰らないと言っていた。
夏の終わり頃でまだまだ残暑があるはずなのに、一振でいる部屋はひんやりとしていた。
きっと汚れて帰ってくるだろうと思い、二振りが帰ってきてすぐに湯殿に行けるように着替えを準備しておこうと押入れをゴソゴソとする。
相変わらずりいだぁのところはキレイとはいえないくらいモノが溢れていた。
松井さんはキレイに整頓されていたが、あまり荷物らしいものがなかった。
ほとんど事務室にいることが多いからきっとそっちに置いてあるのかもしれない。
そうしている間に、廊下から二振りの話し声が聞こえてきた。
帰ってきた安心感にホッと胸をおろした。
「おかえりなさい、りいだぁ、松井さん」
そう言って迎えると驚いたような顔をしていたが、すぐにいつもの笑顔が見られた。
「おふたりとも汚れていますよ、先に湯殿に行かれたらどうですか?」
平然としながらいるのも、けっこう大変なのだなと思った。
りいだぁの顔を見るのも辛くなってしまうだけだからと、さっさとこの場から離れたかった。
「いつもありがとな、じゃあお言葉に甘えて先に入ってくるわ」
「篭手切ありがとう、僕もお先に入らせてもらうよ」
私の提案にすんなりと乗ってくれて、胸がスッとして安堵した。
二振りを見送り、一振りで部屋にいるもの落ち着かなったから、厨へ手伝いに行くことにした。
松井さんがいるから、二人きりになることもない。
みんなのいるところでは大丈夫だと平常心を心掛けなければと自分に言い聞かせる。
大広間に料理を並べていると、各々食事のために刀たちが次々と入ってくる。
その中に二振を見つけてこっちだと手を振る。
「りいだぁ、松井さん、こっちです」
席はここですと案内して、三振で食事をしようと誘う。
「座って、頂きましょう」
「そうだな」
「そういえば、桑名は?」
「桑名さんは遠征で、夜中でなければ帰られないとか…」
「そっか」
いただきますと手を添え、たわいのない話をしながら食事をする。
こういう時は気兼ねなく話すことが出来るのに、二振りきりだと上手く話せない。
「明日はみんなでれっすんできますよね」
「そうだな、みんな揃いそうだしね」
「桑名はさすがに疲れちょうだろうし、昼からがいいんじゃねえか」
「そうですね、昼からにしましょう」
でも、れっすんの予定を立てるたびに、私は心が躍る思いをしている。
歌って踊れる付喪神になりたいから。
れっすんに打ち込むときだけは、一心不乱に夢中になっている。
その時はこの気持ちの感情なんて吹き飛んでしまうから。
夕食が終わり、先に戻ってくださいと言ったが、二振りとも私だけに任せるわけにはいかないと、三振り一緒に片づけをすることになった。
もうすでに日が落ちており、部屋は暗く明かりを探すのさえも手間取ってしまっていた。
明かりがついて、目の前の光景に度肝を抜いてしまった。
りぃだぁが自分抱えていたのだ。
あまりにも近すぎる距離感、私の心臓が破裂しそうになって、思わずりぃだぁを突き飛ばしてしまっていた。
「あっ、ご、ごめんなさい」
「ああ、おれも悪かった」
りぃだぁが悪いわけじゃない。
私が、勝手に意識して、あなたに恋心なんて持ったのが悪いのです。
私がパニックになっている間に、松井さんは出て行ってしまった。
こんな状況で二振りきりになったらどうしていいかわからない。
とにかく平常心、平常心と思いながら心を落ち着かせる。
「…布団、敷きますね」
「おれも手伝うっちゃ」
早く寝てしまったほうが楽になるかもしれないと思い、早々に布団を敷き、そのまま寝てしまおうと思っていた。
寝支度をしていると、突然話しかけられる。
「あのさ、なんちゅか、おれのことさけとる?」
思ってもなかった言葉に、ドキリと心臓が跳ねる。
「そ、そ…そんなこと…」
まともに顔が見られなくて、俯いていると、いきなり顔を掴まれると目の前にりぃだぁの顔が近づいていた。
不安そうな顔で、私の顔を覗き込んできていて、これ以上気持ちを押し殺すのは無理だなとちゃんと話をしようと覚悟を決めた。
「あっ、あのちゃんとお話ししますから、手を放してもらえませんか」
気持ちを落ち着けさせて、一度深呼吸をする。
「私にとってりいだあは、憧れの存在であり、推しでもあるのです」
あなたに恋をしているなんて言えないから、片思いでも平気なのだと言い聞かせる。
「篭手切のことは好きっちゃよ」
「りいだあの好きと私の好きは、全然違う…と思います」
りぃだぁの好きは、好意としての好きで、私個人に対しての好きとは全然違う。
私は、りぃだぁを独り占めしたい、できれば恋刀になりたいと思っている気持ちだから。
この気持ちを伝えてしまえば、後悔すると思った。
「ですから、あまり近づいて頂きたくなくて…」
「おれ、お前の言う推しとかのいまいちわかんねーけど、篭手切が嫌なら近づかねーよ」
その言葉に、納得したのと同時に、やっぱり叶わない恋だと突き付けられた気がした。
自分で突き放しておいて、この気持ちを否定されたと思ったことで、心のどこか緊張の糸が切れてしまった。
ボロボロと涙が零れるのが抑えきれなかった。
私が泣いていることが理解できてないりぃだぁは、私をなだめようと伸ばしてきたが、その手を跳ねのけて布団に潜り込んだ。
私はなんて、卑怯な刀なんだ。
いつも気にかけてくれているりぃだぁに対してひどいことをしてしまった。
でも、これでよかったのだ。
これ以上、自分の気持ちを押し殺すのには限界があったのだ。
私の気持ちは届かなかったのだと自分に言い聞かせることにした。