距離感1

豊前は篭手切との距離感に違和感を覚え始めていた。

元々、誰にでも距離が近いとは思っていたが、そこまで気にすることもなかった。

ただ篭手切だけは、おれがそばにいるとすぐに離れたり、距離を置くことが増えていた。

『おれ、なんかしよったか?』

なんて思っていたら、どうやら口に出していたようだった。

側にいた松井に聞かれていたようだ。

「豊前どうした?」

「あっ、いや~なんでもねーよ」

「ならいいが…」

今までそんなことを気にもしたことがなかったが、なぜか最近になって拒否られることが増えたように感じた。

嫌われることでもしたのだろうか、嫌がることをしていたのかもしれないと思うと、気になって仕方がなかった。

さすがに、篭手切との距離感がおかしいなんて相談するわけにもいかない。

したところで松井には関係ないことだ。

本人に直接聞いたほうがいいかもしれないな。

今日は、他の脇差と一緒に買い物に出かけてしまい、当分帰らないと言っていた。

帰ってくるまで待っていようと思ったが、松井と二振りで馬当番だったため、結局時間がかかってしまい、すでに日が落ちて暗くなり始めていた。

 

「おかえりなさい、りいだあ、松井さん」

部屋に帰ると篭手切が寝衣の準備をしてくれていた。

「二人とも汚れていますよ、先に湯殿へと行かれたらどうですか?」

毎回思うが、気が利きすぎているくらい篭手切は江のめんばーに対して面倒見がいい。

「いつもありがとな、じゃあお言葉に甘えて先に入ってくるわ」

「篭手切ありがとう、僕もお先に入らせてもらうよ」

おれたち二人に着替えを渡して、夕飯の準備手伝ってきますねと言いながら、厨へと足早にさっていった。

 

夜にゆっくり聞けばいいかと思い、松井と二振りで湯床へと向かう。

ちょうど他の刀たちも入るようで、すでに先客がたくさんいた。

「おつかれ~」

「豊前、お疲れ~」

すれ違う奴らには次々と労いの言葉をかける。

肩を組んだりなんて日常茶飯事だから、他の奴らにも普通にしていた。

それを拒否られることもなかったし、最初から側によるなと念を押されることはあったが、嫌な顔をされたことがない。

だけど、篭手切に拒否られると、身体の内側がすっきりしない。

自分では理由が全くわからないのだ。

そんなことを考えながら、風呂から上がると大広間には全員分の料理がきれいに並べられていた。

手伝っている中には、篭手切の姿もあった。

俺らの姿を見つけた篭手切が嬉しそうに、こっちと手招きをしていた。

その姿がなぜか可愛らしいと思ってしまった。

同じ男なのに色白で華奢で何故か守ってやりたくなるような気持ちがわいてくる。

れっすんには熱心で、人一倍努力家で勉強も怠らない。

一振でこっそりれっすんしてる姿も良く見ているし、戦闘中は凛々しい姿もしている。

れっきとした男なのに、こういう時の篭手切はほんわかしているところがあって、そこが可愛らしいと思ってしまう。

「りいだあ、松井さん、こっちです」

大人数での夕食、自分の席なんてもう決まっているようなものだが、ここに座ってと言わんばかりに席を準備してくれている。

遠征や事情があり、全員でそろうこともほぼないが、だいたい大広間で食事をすることになっている。

大広間では同じ部屋割のメンバーが各自集まって食事をしていた。

「座って、頂きましょう」

「そうだな」

「そういえば、桑名は?」

「桑名さんは遠征で、夜中でなければ帰られないとか…」

「そっか」

いただきますと手を添え、たわいのない話をしながら食事をする。

さすがに、いま聞くのも違う気がして、食事が終わって部屋に戻ってからにしようと思い留まった。

「明日はみんなれっすんできますよね」

「そうだな、みんな揃いそうだしな」

「桑名はさすがに疲れちょうだろうし、昼からがいいんじゃねえか」

「そうですね、昼からにしましょう」

こういう時の篭手切の嬉しそうな笑顔は本当にキラキラ輝いてみえる。

明日のために、しゅみれーしょんをしなければと意気込んでいる篭手切を見ていると、彼の情熱には負けるなと思ってしまう。

食事が終わると、後片づけするから先に部屋に行っててくださいと言って善を片付け始める。

「篭手切ばっかにさせるわけにはいかねーだろ」

「オレたちも片付けするから」

「ありがとうございます」

 

三振りで部屋に戻ると、部屋の中が暗くなっていたから明かりをつけるのに戸惑ってしまった。

見えないせいで、いつの間にか篭手切を抱えるようにしていたらしい。

明かりがついて目が合うと、近さに驚いた篭手切が真っ赤な顔をしておれを突き飛ばしてきた。

「あっ、ご、ごめんなさい」

「ああ、おれも悪かった」

そんな俺たちのやり取りを気にすることもなく、松井はネイルの手入れをしたいからと道具を持って早々に加州のところへ行ってしまった。

「…布団、敷きますね」

「おれも手伝うっちゃ」

気まずいまま無言で布団を敷き終わると、どうしたものかと考えてしまう。

聞きたい気もするが、今の篭手切はちゃんと答えてくれるのだろうかと不安が過った。

でもどうしても気になって、うじうじ悩むのも性に合わないと思い、言葉にする。

 

「あのさ、なんちゅか、おれのことさけとる?」

ストレートすぎたかなと思ったが、上手く話せるほど話術は得意じゃない。

「そ、そ…そんなこと…」

伏し目がちで、オレの顔をみようともしないまま答える。

「じゃあ何で今もちゃんと見てくれないっちゃ」

篭手切の頬に手を当てて、自分のほうを向かせる。

真っ赤な頬に、緑色の瞳がキラキラとゆれていた。

「おれ、なんか嫌われるようなことをしたっちゃ?」

違うと言わんばかりにフルフルと顔を横に振る。

「ちがっ…違います」

今にも泣きそうな顔で訴えてくる姿にズキリと胸が痛んだ。

「すぐに逃げるから、嫌なことしたのかと思って」

怯えたような表情と身体が震えていた。

それほど、オレのことが嫌なのかと思ってしまった。

「嫌いなんて…思うわけ…」

途中で言葉を濁したかと思うと、頬に触れていた手をいきなりつかんできた。

「あっ、あのちゃんとお話ししますから、手を放してもらえませんか」

「わりー」

布団の上で、向き合って正座して話を始める。

 

「私にとってりいだあは、憧れの存在であり、推しでもあるんです」

推しというのが今一わかってなくて、「うん」と言うだけしか言えない。

「憧れの方との距離はある程度ほしいんですが、りいだあは気にもされないようで…」

まあ、確かに誰にでも近づいていっていることは認めるし、それが普通だと思っていた。

「あまりにも、近すぎると勘違いしてしまいます」

「勘違い?」

おれが触れることにどんな勘違いをするんだろうかと頭を悩ます。

「りいだあが…わたくしのこと…好き…なんじゃ…ないかと…」

最後のほうになるにつれて、声が小さくて聞こえなかったが、好きだという言葉ははっきりと聞こえた気がした。

「篭手切のことは好きっちゃよ」

「りいだあの好きと私の好きは、全然違う…と思います」

篭手切の言っている好きと自分の思っている好きが違うと言われ、理解が出来なかった。

きっと難しい顔をしていたんだろうと思う。

篭手切もそんな態度のおれをみてハッキリと言ってきた。

「ですから、あまり近づいて頂きたくなくて…」

「おれ、お前の言う推しとかのいまいちわかんねーけど、篭手切が嫌なら近づかねーよ」

「…はい…」

篭手切の気持ちを理解しているつもりで、突き放すような言い方をしてしまったために、篭手切の顔が困ったような顔で、目元を潤ませて俯いてしまったのだ。

「…ありがとう…ございます…」

その声は震えていて、篭手切がポタポタと涙を流し始めてしまった。

「なんで、なくっちゃ?」

慌てて自分の服で涙をぬぐおうとするが、篭手切は俺の手を跳ねのけて自分の袖で涙をぬ拭っていた。

「ごめん…なさい」

俺の手を振り払い、篭手切はそのまま布団に潜り込んでしまった。

 

次の日から篭手切は、余計におれを避けるようになってしまった。

「昨日、篭手切となんかあった?」

おれと篭手切がぎこちない態度なのを感づいて松井が聞いてくる。

「なんもねーよ」

「何もないわけないだろう?明らかに二人ともおかしいぞ」

「なんもねーって、おれと篭手切の問題っちゃ、口出しすんな」

おれと篭手切の問題?と自分で言って理解が追い付かなかった。

なんで、おれのこと好きなのに離れないといけないのか、憧れの存在で推しって言っていた篭手切の気持ち理解できない。

胸をキュッと締め付けられる感覚に自分がどうしたいのかもわからなかった。

『くそっ…』

こんな感覚は初めてだ。苦しくって思うようにならない。