初めてのキス

「こてっていくつなの?」

「えっと、20です。」

豊前は思わず飲みかけていたコーヒーを思い切り吹き出してしまった。

20にみえんっちゃ」

けらけらと笑う豊前にむっとした。

「そんなに笑わなくても」

篭手切の見た目は20歳とは思えないくらい幼かった。

昔から童顔で、男にしては華奢で身長も低く、年齢を幼く見られることは多かった

「わるい、じゃあさ」

ぶぜんは笑っているのをやめて篭手切の顎をもって、顔を近づける

「こんなことしても犯罪にはならんってことっちゃね」

ちゅっと触れるだけのキスをされて慌てて口を拭った

「なななな、なにするんです」

慌てて周りを見ても、誰も気にもしてなかった。

「誰かに見られたりしたら、それにマスコミがいたら」

「平気っちゃ、おれマスコミをまくの得意だから」

「それに、おれら恋人だろ?」

そう言われて目の前がクラクラしてきた。

私のファーストキスがこうも簡単に奪われてしまった。

こうなったのも、数か月前の握手会がきっかけだった。

 

 

豊前が所属するアイドルグループ「gone

BUZEN(豊前),KUWANA(桑名),MATSUI(松井)3人組の男性アイドルグループ。

まだまだ売り出し前の頃から篭手切は追いかけていたのだ。

コンサートがあれば毎回のように通い、彼らのグッズを集めては推し活を堪能していた。

握手会が開催されることを知った篭手切は何とかして握手券を手にいれるため早起きし、始発で会場まで行き他のファンの子たちと一緒に列に並んで待っていた。

CD1枚買えば一回握手ができる。

何回も握手したいファンは、一回目が終わると2回目のためにCDを買い、並びなおしていた。

私は一度だけで十分だと思い、1枚だけ購入して並んでいた。

自分の番になった時に、豊前から話しかけられた。

「あんた、名前は?」

「篭手切って言います」

「可愛い名前っちゃね」

「ありがとうございます」

ふふふと笑う姿もめっちゃカッコよくて、倒れそうになる。

豊前が篭手切の耳元で周りに聞こえないようにささやく。

「こて、俺と恋してみない?」

「えっ?はあっぁぁぁぁ!!!!!!」

「これ、オレの連絡先だから」

内緒ねというように、唇に指をあてて、紙切れを渡される。

その一連はたったの数分という時間だったが、篭手切は夢を見ているんじゃないかと、自分の頬をつねったりしてみたが、その痛みに夢じゃないと感じた。

手には小さい紙切れがあり、スマホの番号が書かれていた。

 

最初は、夢じゃないか、いたずらだろうって思って連絡をすることはしなかった。

でも、日に日にこの番号がもし本物なら豊前と話す機会があるのではないという邪心も出てきたのだ。

それに、『恋してみない』と言われた言葉がずっと脳裏に焼き付いて離れない。

話した声も低く、女に間違わられたわけじゃないとは思うが、男の私となんて釣り合うわけがない。

でも、こんな機会もう一生来ないと思い、篭手切は意を刑して渡された番号をスマホの画面に入力した。

何度も入れて、消してを繰り返しているうちに、受話器ボタンに触れてしまい、電話の呼び出し音が鳴り始めた。

数回なったところで、電話の相手の声が聞こえた。

篭手切は、耳元に当て、その声を聞くと、震える手を必死に抑えて声をだす

「あの、ぶぜんさんの携帯で間違いないでしょうか?」

「ああ、えっと誰?」

電話越しの声は低く不機嫌なようにも感じ取れた。

「あっ、ごめんなさい、間違えました」

そういって、電話を切ろうとしたところで豊前から名前を呼ばれたような気がした。

「もしかして、こて?」

「えあっ、はい…篭手切って言います」

相手に認識されたことの安堵と、本当に本人と電話しているのだという現状に身体は震えていた。

「おせえーよ、ずっとかけてくんの待ってたんだぜ」

「…えっ?」

思わぬ言葉に頭が真っ白になった。

豊前が私からの電話を待っていたこと、いたずらや、夢じゃなかったということに私は震える手を抑えきれなかった。

「なあ、俺と付き合ってよ」

「つつ…つきあうとは?」

「オレと恋したかったから電話してきたんじゃねーの?」

「ええええ!!」

あの時に耳元で言われたことを電話越しで言われて、たんなる遊びじゃなかったのだと感じた。

本気でそう思っているのだと話しているうちに思った。

「じゃあ、今度デートしよう」

などと言われ、日程も豊前に合わせる形で予定を入れられ、今に至るわけで。

 

 

私が大きなため息を吐いているのを見て、ニヤニヤと笑っているだけだった。

「こては、オレと付き合いたくないの?」

「それは…」

ずっとあこがれ続けていた推しから恋人になってよと言われて、そう簡単に返事ができるわけがない。

「あの、そんなことより、私は男です」

「そんなん見た時からわかってたけど?」

女と間違えられていたわけじゃないとわかってホッとしたのと同時に、なぜ私なのかという疑問が出てくる。

「なんで、私なのですか?」

「こてって、ずっと俺たちのこと追いかけてくれてたよな」

「デビューした当時からずっと応援しています」

「初めて話したのも覚えてる?」

「もちろん、忘れるわけないです」

 

彼らがデビューした当初からずっと追いかけている。

初めてのコンサートからずっと参戦しているために、3人には顔を覚えられてしまっている。

はじめは3人箱推しだったが、コンサート終わりにばったり出くわしてしまい。

「あんた、おれらのファン?」

「はい」

「そうか、あんがとうな」

満面の笑顔でファンサされてしまったばかりに、豊前に恋をしてしまったのだ。

 

 

「俺たちのこと必死に追いかけてくれてんの知ってたからさ、こてが良いなって思って」

「でも、そんなファンの子たちはいっぱいいます」

「それはわかってる」

「…なんで男の…私なんですか?」

「じゃあさ、これ渡すから」

そう言われて、手を握られた掌に平には鍵が乗っていた。

「俺の家のカギだから、こての好きなように使っていいよ」

これで信じてくれると言わんばかりに深紅の瞳に見つめられる。

こんなこと他のファンからしたら殺されるかもしれないと恐怖が過る。

「このようなもの受け取れません」

「おれさ、こてのこと好きになったんだよね、これで信じてくれる?」

マスク越しでもニカっと笑っているのがわかるくらいの笑顔を向けられる。

そんな笑顔をされたらNOとは言えない。

「私、ただのファンで、ぶぜんさんはアイドルです、他のファンの子たちから殺されるかもしれない…」

「その時は、俺が守っちゃるから」

「こて、オレと恋してみない?」

この人の言葉には嘘はないとわかっている。

2回目の口説き文句を言われてしまえば、断ることも許されないと感じた。

「…わかりました…」

「本当か!

「ただし、条件があります」

「条件?」

「ぶぜんさんは、アイドルです、私といる時は仕事の話は一切しないこと、会う時は人目がない場所、SNSなど写真を上げたりしないでください」

なぜ、私がこんな注意喚起のようなことを言わなければいけないのかと思った。

人気アイドルグループの一人でもあるBUZEN(豊前)が、その辺にいるモブの私と付き合うなんてことはあってはならない。

華やかな世界にいる人が一般人のしかも男の私と付き合っていることがバレたら、私は亡き者にされると思った。

だから、こんな簡単に答えを出したらダメだと己の心と戦う。

同じ業界で釣り合う方となら祝福できたかもしれない。

でも、私でない誰かがと考えたら、一瞬だったが胸の奥がズキリと痛んだ。

これは私に対する遊びなのだと、一時の迷いなのだと思うようにした。

そしたら、離れる時が来ても、あっさり諦められる。

割り切った付き合いにしようと心に決めた。

「わかった、こての言うとおりにするっちゃ」

私の迫力に目をまん丸にして頷いてくれた。

「なので、今日はこれで失礼します」

このまま一緒にいてはダメだと思い、今すぐにでも離れなければいけないと本能で感じた。

「ちょっと、まって…」

呼び止められたがそのまま無視してお店から出た。

 

夢みたいな出来事を本当の夢にしたかったから。

これは、現実じゃないのだと自分に言い聞かせて、家へと急いで走った。

私は都合の良い夢を見ているのだ、目が覚めたら夢だと信じたかった。

家に帰ってからの記憶がほとんどなく、いつの間にか寝てしまっていたらしい。

 

カーテンの隙間から朝日が差し、眩しさで目を覚ます。

いつもと変わらない自分の部屋、昨夜のことはやっぱり自分の都合の良い夢だったのだと思った。

会社に行く支度し、上着を羽織ってポケットに手を入れて気が付く。

掌には、どこかの部屋の鍵らしいものが入っていた。

それは昨日渡された豊前の部屋のカギだった。

真っ青になって、現実だったのだとわからされ、震える手で棚の上にある物入に隠したのだった。

 

 

これからはじまる、アイドルとファンの二人の恋の行く末はどうなる?